上京してから

本と映画と漫画と人

ポジションを取るとはつまり、何者かになるという事

SNSが発達して、何者かになりやすくなった。

 

 

何者 (新潮文庫)

何者 (新潮文庫)

 

 

 

 

この場合の何者とは、一昔前でいうところの芸能人や、プロスポーツ選手などを指す。

 

世間から認知されて、受けいれられる。

 

ただ、一昔前は何者かになるための手段が凄く少なかった。

 

テレビに出るぐらいしかその方法はなかったろうし、出れる職業も決まっていた。

芸人や俳優、テレビスターたちだ。

 

(日本という国の異常なまでの芸人を持ち上げる風習は、上記が理由だと思ってる。イケメンや美女以外がテレビに出るには、芸人になるしか方法がなかったのだ。あくまで、基本的には)

 

 

ただ今の時代、SNSの発達により、何者かになるためのツールが増えた。端的に言えば、有名になりやすくなった。

 

例えばライターや、編集者など、いままでだったらスポットの当たりにくかった人にスポットがあたる。全員が主人公というか、何者かではあるのだ。

 

この時に大事なのが、自分が何者であるかを明確にすることだと思う。明確にするその行為を、ポジションを取るというのだ。

 

 ほんとうの意味で自分を確立出来ている人は少ない。だから皆、余裕のある人に惹かれるのだ。自分にはないものを持っている気がするから。人は自分の欠損を埋めようと行動する。

 

ポジションを取り、コンテンツを作り、自己を確立していく。何者かであればあるほど、人が集まり、より生きやすくなる。

 

自分に人が集まるとはつまり、自分が主人公でいられるということだ。生きづらいわけがない。昔クラスにもいた、どこかお調子者だけどカリスマ性のあるやつ。そういう人間の周りは、やっぱり人で溢れていた。

 

彼らは今思えば自然とポジションをとっていたのだ。キャラクターと言い換えてもいい。

 

キョロ充とは違う、本当の人気者はいつだって余裕がある。

 

つまりポジションを取るとは、何者かになる=主人公になる=人生を生きやすくするための手段なのだ。

 

そしてSNSの発達でポジションが取りやすくなった現代、ある意味では人類総ポジション取り時代だともいえる。

 
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間違いなく、まごうことなき新世界の幕開けである。