上野のオークラ劇場(ハッテン場 )にノンケ二人で行ってきた
とある日の午後。男友達の一人から、あるラインが届いた。
『明日あいてる?』
次の日は大学の授業があったが、出席を取らない授業だったので『空いてるよ』と返答する。
『映画みに行きたいんだけど』
何の映画だろう。
最近やっている話題の映画といえば、藤原竜也のアレとか、美女と野獣とか。彼の見たい映画が美女と野獣だったら断ろう。男二人で見るものじゃあないだろう。
ぼくはそんなことを考えて『何の映画?』と返答する。しばらくして返ってきたラインには、ある画像が貼り付けられていた。
、、、ん?
画像を送り間違えたのか?
しかし、彼から訂正の文章は送られてこない。どうやらこの画像で間違いはないらしい。
『これは所謂ピンク映画とされるモノではないですか?』
思わず敬語になってしまった。
その後彼から届いたのは、どうしてこの映画を観に行きたいかという、そんな動機付けに関する文章だった。
簡単に説明すると、受けたいと思っている会社に、この映画を見た感想文を送らなければならないという事らしい。聞いてみれば彼がこれから受けようとしているのは、某映画配給会社だそうだ。
『でも、一つ問題がある』
『問題って?』
『このピンク映画がやってるの、今都内でここしかないみたいなんだ』
説明された場所は、オークラ劇場という映画館だった。彼は言葉を続ける。
『ハッテン場って知ってる?』
ハッテン場。そりゃあ名前ぐらいは知っていたが。その内実までを詳しくは知らない。
男性が好きな男性が色々するところということは聞いたことがある、が当然行ったことはない。
『名前ぐらいなら』
『その映画館、有名なハッテン場らしいんだよ』
上野駅から歩いてすぐ近くにその劇場はあった。
人通りの多い通りを避けるように一本逸れると、隣に見える不忍池の朗らかさからはまるで縁遠い、現代的ではない、古い邦画に出てくるような映画館が目についた。
不忍池から出てきた亀。おばさんが素手で池に返していた。
オークラ劇場の前はこんな感じ。
劇場の前には、ぼくの祖父ぐらいの年齢の方々が出待ちするように並んでいた。時刻は午前10時30分。まだ開いていないのだろうか。
その劇場の前で時間を潰す勇気はなかったので、そのまま足を止めることなく上野公園へ。
いい景色だ。
足は震えていたけど。
しばらくして時間がきた。
ぼくら二人は勇気をだして、館内に足を踏み入れる。
館内は一見普通の映画館のようだった。煌々としたロビーには受付のおばさんとおじさんがいて、なぜだろうぼくら二人を凝視してきた。そんなに珍しいのか、ぼくらのような客は。たしかに若者らしき人には全く遭遇しない。
ぼくらはチケットを二枚購入。
友達が払ってくれた。
一つ気になったのは券売機のボタンに書かれていた『二階』の表記と、『カップルは購入禁止』という文字列であるが、ぼくは見なかったことにする。
そうしてチケットを受付の女性へと渡し、映画が上映されている一室へと足を踏み入れたのだがーー。
ここから先が、悪夢とも言うべき異世界だった。
ロビーの人数からは考えられないぐらいの盛況っぷり。ぼくらは緊張しながらも、空いている席に腰かける。
目の前の画面ではあんあんと淫靡な声を出しながら、ポルノ女優さんが喘いではいるのだけど、全然台詞もストーリーも頭に入ってこない。
それはなぜか?
視線、である。
おびただしい、いくつもの視線が、館内中からぼくら二人を突き刺して、そして動けない。
なぜかぼくの席の真横で足を止め、ぼくの顔をじっと見るそのおじいさん。普段のぼくならば「やめてください」などと言えたかもしれないが、しかし今回はそうはいかなかった。
捕食者側から非捕食者側に回り、初めてわかる恐怖感。女性の気持ちが少しわかった気がする。良いと思っていない男性からの好奇の視線は確かに気持ち悪い。
ぼくらはその空間に耐えることが出来ず、20分もしないうちに館内をでた。
なぜか友人はその後興味があると言いながら二階へと登っていったか、しかし数分もしないうちに顔を青くして帰って来た。
中で何があったのかは、ぼくは分からない。
今回の事で得るべき教訓は、好意の視線をぶつけるのにも資格がいると。相手に受け入れられているという資格がいると、そういう話なのかもしれない。